ある競争に別のルールを持ち込んでいる「ズル」感

技術者は、自分の技術的な能力が評価されることを好む。蓄えた知識や、経験から得られた判断力を、他人のために供用することで尊敬を集める存在である。より多く、より的確に他人の(技術的な)問題を解決した奴が、より大きな尊敬を得ることができる。すくなくとも理想としてはそうだ。そしてその尊敬から、他人に対する影響力を持つことも可能になるだろう。

そのために彼らは、膨大なマニュアルを読み、新しいテクニックを試し、同僚と議論し、秋葉で同人誌を買うのである。(まあ、買わなくてもいいが。) 競争はそれなりに熾烈だ。馬鹿なことばかり言っているエンジニアは、誰も話を聞いてもらえなくなる。シニアだって新しいことを吸収しなくては、同じ運命をたどることになる。

ITProの筆者が述べている方法は、これとはまったく別の方法で、他人に影響力を持つための方法だ。技術的にはなにも成長することがない、成長させることもない方法で、他人に対する影響力を増大させる方法である。

サッカーをするつもりだったのに、いきなり相手チームは「アメフト」のルールを主張して、ハンドパスをしまくるようなものである。

元記事にブクマをしたはてなユーザーの根本にある違和感には、既存の競争ルールを守らず、違うルールを押し通すものに対する「それって、ズルじゃねえか!」という怒りがある。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20060809/245530/

これも、同種の記事である。交渉テクニックの巧拙ばかりが問われ、登場する西島だか富山だかいう人物たちが、どれほど技術的な真摯さ(既存の競争ルールに対する敬意)を持っているのか、まったく描かれていない。

ここで、思考実験をしてみよう。もし仮に ITPro の筆者が、「上司」や「西島」の人物描写に技術者としての背景を細かく加えていたらどうなったであろうか(*)。プログラマとしてServletのコードを書いたり、アーキテクトとして UML で全体の設計図をこさえたり、オペレーターとして Perlスクリプトを綴ったりしている人物が、なんの因果か、部下を持ち営業と交渉する役回りをおしつけられ、そこで、自らの理想とするところを実現するために「やむを得ず」使った人間関係テクニックという形であれば、これほどの反発は生まれなかったのではないか。

既存の競争ルールが通用しない、限界事例で「別のルール」を使うという話と、最初から「別のルール」で競争しようという話では全然ちがう。実力を出し切ったサッカーのドロー試合に対して、コインフリップで勝敗を決めることには反対はないだろう。

(*)まあ、ブクマコメントにもあったように、この人は「顔が文系」のひとだから、やったとしても説得力は無いだろうけどね(笑)

もしくは、これが ITPro に掲載されたシステム構築の話ではなくて、銀行の法人営業だったり保険のアクチュアリーだったり、ともかくSEとは関係の無い職種でのストーリーだとしたらどうだろうか。自分たちとは関係のない人が、自分たちとはちがうルールのゲームをしている。これも、違和感や怒りの対象にはならず、「ズルい」という感覚もおきにくいだろう。